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赤い羽根宮崎県共同募金会

今月のコラム

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受け継いでいくということ。

本格的な梅雨の季節を迎えたある日、共同募金会に一本の電話が入りました。
電話は、市内に住む女性からで、

  • ご自宅に「共同募金筒」というものがある
  • 募金については、亡くなられたご主人がされていた
  • 遺品等の整理をしていたところ、「募金筒」が見つかり、その処分に困っている
ということを、少し厳しい口調で話されました。
共同募金の仕事に就いて10年以上になりますが、「募金筒」と聞いて思い当たるものがありません。上司に尋ねても答えは同じでした。
とにかく、「少し厳しい口調」に不安を覚えつつ、ご自宅にその「共同募金筒」なるものを受け取りに行くことにしました。
ドキドキしながら、玄関のチャイムを押し、「共同募金会」の名前を告げると、女性は優しい笑顔とともに玄関のドアを開けてくださいました。
「主人の遺品や仕事場の倉庫にあったものを整理していたところ、こんなものが出てきて困ってたんですよ」とのお言葉から、"何か自営業をされていらっしゃたのかな~"と想像しながら、目の前に現れた「銀色の物体」を見てびっくり。
確かに初めてお目にかかるものです。
高さ約50cm。丈夫なステンレス製の四角錘の前面には、ペンキでしょうか、赤い羽根と「共同募金筒」の文字がしっかりと記されていました。
びっくりした勢いで深々とお辞儀をし、車まで運び、急いで事務所に戻って、ギャラリーと化した事務所の職員とともにこの「募金筒」を改めて「観察」しました。
すると、赤い羽根の描かれた隣の面にこんな言葉が書かれています。

お客様にお願い 

■ お電話ごとに10円を愛の共同募金に御願い致します。」

共同募金筒01の写真 共同募金筒02の写真
 

筒の下面に、きちんと四隅をビスで止められた小さな取出し口を発見。ひとつひとつ丁寧にはずしていきました。
中から現れたのは、一円玉、五円玉、十円玉、百円玉・・・。そのほとんどが錆びることなく入っています。
硬貨に記された年度から、昭和40年~50年代の頃に使われているものと推測しました。それを裏付ける証拠(?)がこちらです。

ビッグライフ30の写真

「懐かしい~~」と叫んだ職員も数知れず。昔、腕時計にはめていた保険会社のカレンダーです。
昭和50年4月-。硬貨とともに「募金」されたものに違いありません。

入っているお金から埃等を取り除きながら、私の脳裏には赤い公衆電話で電話をするお客様の横で光るこの「共同募金筒」と、忙しく働く店長さんの姿が浮かんできていました。そして、時々出てくる平成の「お金」・・・、この「募金筒」を撤去した後も、小銭を入れるご主人の笑顔を想像していました。

確かに、すべて私の推測にすぎません。事実は全然違っているかもしれない。でもそのことは関係ないのです。
私が確信したこと。それは「共同募金のことを理解し協力してくださった方が存在したということ。そしてその「思い」は、これからもずっと受け継いでいかなければならないということ。」でした。
募金額が年々減少し、「共同募金改革」に今まさに取り組もうとしている矢先のこの出会いを、心強く感じたことは言うまでもありません。

※ この「共同募金筒」の情報を募集しています。「昔、見たことがある。」、「うちにもある。」(!!)という方、宮崎県共同募金会まで、情報をお寄せください。


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